エスペラント禅問答、思想と生活

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電車の中で電話をする

こんにちは、おぱんつemperorです。

 私の親は電車内で平気で電話をしていました。

 

私が幼稚園児の頃、

老人に席を譲ろうとするといつも親は「疲れるから座っていなさい」と言いました。

 

しかも、まだ小さい私にチャイルドシートをつけて車に乗せていたんですよ…?

私はおまたの下からベルトを通されて、身動きのとれない状態で、

人目にさらされながら町中連れまわされていたのです。

破廉恥極まりないと思いませんか。

とんでもない親です。

 

 

 

話がそれました。

 

優先席の遠くでも、電車内で電話すると白い目で見られます。
電車の中で普通の声量で会話はしてもいいのに、同じ声量の電話はだめです。

 

いったいこれは何故でしょうか。

 

 

 

原因1ネガティブなイメージ

 

昔は今より電波が悪いなどの理由で、電話でしゃべると大きな声になってしまっていたのではないでしょうか。

 

そして、電車で電話する=うるさいというイメージが形成されてしまった。

 

でも実際に今、電話している人が小さい声なら、この理由は正当ではありません。

 

 

原因2そう決まっているから


ルールで決まっているからというだけで理由も説明できないのに、電話程度の他人の行動を否定する人間。恐ろしいです。

 

その時代の常識に振り回されて、
「電車で電話する人に白い目を向ける」ように、

障害者に白い目を向けて、女ならば見下し、

その時の支配者に都合のいい思想を植え付けられて、

与えられた適当な幸せを感じて与えられた適当な標的を見下してあくせくと働いて搾取されるんだと思います。

 

 

 

原因3不安になるから

 

電話の会話は話が半分しか聞こえず、一人でしゃべっているように聞こえます。


人間は不成立なものに不快感を覚える性質があるので、周りの人が不安な気分になります。


(これは私の友人が言っていた説です。

しかし、データなどは見つからなかったのでこの説の有力性はよくわかりません。

でも「たくさんの人がちょっと嫌」もしくは「少しの人がすごく嫌」なら、通話を禁止する理由になりそうです。)

 

 

原因4協調性がないから

 

「決定的な理由はないがなんとなくいやな気分になる人が多いので、電話は我慢したほうがいい」という、協調性を持っていないように見えるからいらいらする。

 

 

さて、以上の理由の中で「電車の中で電話する人に白い目を向けるだけの理由」になりえるのは原因3と原因4だけです。


しかも「白い目を向ける」からには、ちゃんと説明できないといけません。

 

 

常識にとらわれて、ちゃんと説明もできないのに他人に否定的な感情を向けるのはやめましょう。

でも私の親はもう少し常識にとらわれていてほしかったなと思います。

 

(ちなみに私は、原因4から『電車で電話はしない方がいい』と思っています。トラブルのもとですし。)

 


結論

思考停止よくない。

 

 


(この短文も思考停止。

他人に対する否定を表に出すときに、思考停止しているのがよくない。

優先順位が低くて誰も傷つけないことなら思考停止でもいい。スティーブジョブズの「毎日同じ服を着る」のような『戦略的思考停止』も存在する。)