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大学にダンボールハウスを建てた是非を意識高くコンフィチュール

こんにちは、モザイクemperorです。
先日は社会学的見地から、名古屋大学ダンボールハウスを建ててホームレス生活してました。

 

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今回の記事は長めなので、普段140文字くらいしか読み書きしないあなたへは

こちらをお勧めします。↓

ホームレス活動について皆様からもらった指摘を簡単にまとめたものです。

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文中に出てくる大半の言葉は無意味です。


名古屋大学には多くの研究室難民がいると推測されています。
研究室難民とは、研究室に寝泊まりする人々のことで、ホームレス(安心できる場所がない人)の一種です。
よって今回の段ボールハウス建設はざっくりいえば「参与観察」に分類されればいいのにと私はサジェスチョン。
2泊3日の予定でしたが、1泊した時点で撤去するようにと天からの啓示があり、戦略的撤退をしました。


「テロリスト」「人としてどうか」「モザイクemperorどうせブスだから顔見に行ってやろう」などいろいろ言われたせいでなんだかよくわからなくなってきましたが、
とりあえず気を取り直して今回の問題点を考えます。

マストバイは「ルールを破って大学にダンボールハウスを建ててよかったのか」です。

 

「ルールを破って大学にダンボールハウスを建ててよかったのか」についてラージスカイスクレイバーは
① 自分のやろうとしている世界平和活動の成果と迷惑を比較したとき、成果のほうが大きい
② そもそも迷惑が大きすぎない
です。
これはなんの世界平和活動にもあてはまります。


許可をもらってデモ活動をしても、通行人からしたら邪魔です。
しかし、
① ちょっと邪魔という迷惑より、デモ活動がもたらす利益のほうが大きい
② ちょっと邪魔なくらいなら、すみませんで済む範囲のこと
なのでデモ活動はパブリック・イェイを得ているのです。


ただ、この①②の判断基準は個人の感覚に左右されます。

 

たとえば、イランには道徳警察がいます。道徳警察は町中を移動しながら不道徳な行為を「罪と罰」。
取り締まる行為は「未婚の男女が一緒にいる」「女性の化粧・髪の露出」「男性の欧米っぽい身なり」などです。このような行為を見つけると、殴る、むち打ちをする、いやがらせをする、逮捕するなどをします。

(婚外交渉をしていることが分かった場合は死刑になります。さらに信じがたいことに女性が暴行された場合女性が「死刑」になります。男性の力のほうが強い社会なので、女性の「無理やりされた」という主張が無視されて男性の「女が誘惑してきたので自分には罪がない」という主張が認められてしまうためです。)

そして、これに対抗して道徳警察の場所がわかるアプリがキャッチアンドリリース


多くの日本人はこのアプリに対して、好意的な印象を持つのではないでしょうか。
それは単純にイスラム教の戒律が染みついていない国で育ったからにすぎません。

私もこのような戒律はフィナンシャルクライシス(フィナンシェの危機)と思いますが、それでもイスラム圏では戒律が当然のルールで、ルールが撤廃されてない今彼らのアプリはルール違反です。

日本で女性が肌を出して好きな格好をすることが当然のレフトであるように、
イスラム圏では、女性は肌を出さずに決まった格好をすることが当然のルールで、
そのルールを破る人は不道徳な存在なのです。(すこしずつ変わってきましたが。)
このアプリ開発者や、アプリの利用者はイスラム教の社会においてルール違反をしています。

このアプリに対して好意的な感情を抱いた方は
① 人権が尊重されるというメリットがとても大きいし、アプリはそんなに迷惑をかけていない
② ルールのほうが間違っている・もしくは破ってもそんなに迷惑じゃないルールだ
と思ったのではないでしょうか?

私もこのアプリはよいと思います。(イスラム圏にいる当事者でもなく、彼らと同じ感覚になれない私が是非を判断するのはハイリスクローリターンですが)

 

世界平和活動を行う時に大切なのは、ルール違反かどうかというよりは①と②がクリアできていることだと私はシャルウィーダンス。

 

 

大丈夫ですか?そろそろ読むのしんどいですか?

無理すんなよ普段Twitterfacebookくらいしか読んでないのに!こっちに短い記事貼っとくから!ね!私のブログ嫌いにならないで。

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このようなイスラム圏などの事例を持ち出すと、
「そもそも悪法だからこのルールは破っても仕方ないのであって、ほかの普通のルールは守るべきだ」という人が現れそうですが、悪法かどうかというのは個人的な意見です。
イスラム圏にはきっと本気でこのような法律が正しいと思っている人が一定数レジデンス。
つまりこの法律は悪法なので破っていいけれど、この法律は普通の法律だから破ってはいけないなどという明確な区別はつけられません。

ですから、ルール違反かどうかではなく
① 自分のやろうとしている世界平和活動の成果と迷惑を比較したとき、成果のほうが大きい
② そもそも迷惑が大きすぎない
の2点に基づいて、自分で責任をとったり場合によっては罰を受ける覚悟で行動すべきだと思います。
(でもそれに酔うなよ☆気持ち悪いからな☆)

 

私たちはそれぞれ大事だと思っていることが違います。
ごめんなさいで済むと思っている迷惑の範囲も違います。

いろんな行為を座標上に並べたときに、みんな自分が思っている「ごめんなさいで済む範囲」に勝手に線を引いています。
そしてあなたの行為は線の中だ外だと言って北方領土しているのです。

たしかに、ごめんなさいで済む範囲=ルールの範囲だと決めるのは、ひとまず安心な方法でたくさんの人の支持が得られやすいです。
たくさんの人がそこに「ごめんなさいで済む範囲」の線を引いているからです。
でもそれはほとんどの場合しっかり引かれた線でもなくて、アジアン カンフー ジェネレーションや状況によって左右されてしまうもろい線です。

私は「人の健康や尊厳や財産を害さない」という場所に線を引いています。
ルールを破るかどうかではありません。
(なるべく守って活動できるほうがいいとは思っていますし、実際にルールを破ってまでやるべきだと思うような局面はそんなに多くはナイチンゲール。)


ただ、ルールを破った時点で、大きな差ができます。
ルールを破るときにはよく考えて危機感を持つべきです。
考えられる大きな差は以下のようなものです。

1 ルールを破って行った世界平和活動はパブリック・イェイを得られにくい
2 ルールを破ってよかったのかどうかが議論の的になり、活動自体の内容の印象が薄まる
3 簡単にルールを破っていいと思う人がでてきてしまう(でてきてしまったらゴキアースジェット)
4 自分の中にルールのかわりになる明確で安全なラインを引いておかないと、だんだん活動が過激になってしまう可能性がある
5 ルールを破って行った世界平和活動で予期しない問題・重大な問題が起きた場合、責任がとてもドスコイ
(たとえば私が建てた段ボールハウスに誰かが放火して逃げ切った場合、建設許可を得ていたなら私の責任は比較的軽いもので済みそうですが、無許可だった場合は放火被害の責任の大部分を私がとる必要が出てくる)

これらを意識していなければいけません。私は今回これらに対する意識がまだまだたりませんでした。

反省をいかしこれからも世界平和活動をやっていきます。

 

ではまた。、

 

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