エスペラント禅問答、思想と生活

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右脳開発教室に行ってた時の話

こんにちは、世界平和を目指す大学生、モザイクエンペラーです!

私は小さい頃、「右脳開発」を行う教室に通っていました。

簡単に言うと天才を育てるための塾です。

そこでは速読やら瞬間記憶やら、さまざまな訓練をしていました。

 

 

速読の場合、まず本をぱらぱらと数回めくるだけで読めるようにします。

上級者になると「本の背表紙をなでる」だけで読まないといけません。

さらに上になると「頭の中で近所の本屋や図書館にアクセスして、そこにある本を読む」になります。

 

あとはスプーン曲げ、透視、浮く、

念で病気の人を治す、

首の後ろから「アンタカラナ」という謎の物体を宇宙まで伸ばす練習、

暗い部屋で電球を見つめながら大音量の変な音楽を聴く、

などなどまあいろんな訓練をしました。

 

 

で、そこに通っている子たちはみんなそれが「できる」と言うのです。

 

なぜかというとそこにいるのは小さい子が多くて、

すぐにそういうものを信じ込んでしまうしできたような気がしてしまうのです。

なので子供たちは家に帰ったら親に「今日はこんなことができた!」と報告します。

それを聞いて親は「天才になってる!」と感激して、月謝を払うのです。

 

よくこんなうまいビジネスモデルを見つけたな…。

実際こんな訓練に効果があるはずもなく、

私も兄も凡才に育ちました。

兄は東工大、私はセンターあり推薦で名大です。

センター試験で兄は受験票をなくし、

私は数学が死んで泣いていました。

 

あと私はセンター試験の最中に2回、

兄は二時試験の最中に4回トイレに行っています。

胃腸弱い系兄弟です。

 

本当に右脳開発できるなら海外の一流大学にバンバン入れないといけないと思います。

 

 

月謝は確か月10万ほどで、私はそこに兄と二人で通っていました。

月20万ですね。初任給かな?

 

私と兄は幼稚園からそこに通っていました。

しかし兄は小1のころ「未来はわからないし、小人は見えないし、宇宙に行って金の部屋でお釈迦様と話すこともできない」と気づきました。

(全部実際にあった訓練。この環境で育って小1で気づくの、すごくないですか?)

 

私も兄も、意味不明な訓練をしていても仕方ないので、授業中はずっと寝ていました。

 

たまにその教室の先生が親と面談する日があったのですが、

先生は 「お兄さんも妹さんも授業中は催眠状態に入っています。内容がどんどん頭に入るいい状態です。」などと言っていました。

モノは言いようだな、おい。

 

 

兄は「こんな意味不明のことをしていても天才にはなれない。早くやめよう」と母親に訴えたのですが、

母親は全く聞く耳を持たず、

結局私が中学1年になるくらいまでずっとその教室に通っていました。

 

(ちなみに私はそのあと天才になるどころか家出をして、学校を退学になります。)

 

本当に子供の能力を伸ばしたいなら、

きちんと栄養のあるものを食べさせ、

自由な時間をたくさん与えていろんなことをやらせることが一番大事だと思います。

わけのわからない訓練をさせて無理矢理小学生に1万冊本を読ませようとしたり、

自分がやりたくない家事を全部こどもにやらせたり、

ごはんをあげなかったりしていてはだめだと母親に教えてあげたいです。

 

 

なぜ母親がこんなものに騙され続けていたのか考えてみたのですが、

それには2つ理由があるのだと思います。

 

 

1つめは、あまりに高い金額を払ってしまったので、それが無駄だったと認められなくなってしまい、

さらにお金を払って続けるという悪循環に陥ったのだと思います。

(こういうの、コンコルド効果とかいうらしいですね。)

 

 

2つめは、

私と兄を天才にして社会的に成功させることが、母親の唯一の生きがいになってしまっていたからだと思います。

 

母は家事が苦手なので全くしていなかったし、仕事もかなり前に辞めていました。

友達がいないので出かけることもないし、趣味もありませんでした。

なんだかあわれですね。

母親自身がなんの努力をすることもなく、自分の人生に意味を見いだせるとすれば、それは私と兄が成功することだったのでしょう。

 

私と兄は、 母親にもっとマシな生きがいを提案してから、

当時母親が精神的に頼っていた右脳開発教室から離れるようにすればよかったのだと思います。

 

他に生きがいがないのに今の心の支えを奪うことはうまくいかないのです。 (それがあまりに無駄なものでも)

 

 

たとえば、コンゴのスズは、危険な環境で採掘されています。

 

あ、いきなりコンゴの話になりましたが間違いじゃないのでよかったらきいて下さい。

 

コンゴの人は、スズを採掘するとき、不十分な装備で、手入れ不足で崩れやすい鉱山の中に入って行って何人も生き埋めになっています。

さらに鉱山は民間人から略奪を繰り返すルワンダ解放民主軍に管理されており、彼らの資金源にもなってしまっています。

 

これを受けて、国連はコンゴ産のスズの取引を禁止しました。

 

 

どう思いますか?

これで本当に解決するでしょうか?

 

コンゴ産のスズは売れなくなったため、川を挟んだ隣国ルワンダに密輸され、ルワンダ産と偽造されるようになりました。

ルワンダへは粗末な船や、人が泳いで渡るために何人も流されて死ぬようになりました。

ルワンダ解放民主軍のもうけは変わっておらず、状況が悪化しただけでした。

 

それでもコンゴには他に仕事がないので、コンゴ人は鉱山で働いています。

 

 

国連ルワンダ解放民主軍を追い出してから、鉱山の手入れや道具のために必要な資源を提供しなければならなかったのです。

もしくはコンゴにスズ採掘以外の仕事ができるようにしなければいけないのです。

 

それらをせずに簡単な「取引の禁止」をしたために状況が悪化してしました。

 

 

なにか悪い商品を見つけたときに不買運動をすることは簡単ですが、

相手の企業がそれを受けて改善できるだけの余裕があるのか考えたほうがいいかもしれません。

 

友人がとんでもないものに依存していた時、

「そんなものに依存するな」と言うことは簡単ですが、 もっとマシな依存先を見つけなければ依存はやめられないのです。

そういうものを本人が自力で見つけられそうにないなら、提案することが必要です。

 

右脳開発から話がすごい広がりましたが、私はそんなことを思いました。

 

ではまたオスマントルコ

 

 

補足 その教室、ネットで調べたら国内にどんどん教室を増やして海外進出もしているみたいです。当時みたいなことを続けているのだとしたら、恐ろしい。