エスペラント禅問答、思想と生活

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女装とオカマと私

 みんな違ってみんないい。

 

全然関係ないけど、

私の知り合いで忘年会の女装で目覚めて、

女の子になりたくなって、

女の子になるということは男に色々されるということなので同性愛になって、

女装男専用出会い系で男を食いあさってる中年がいる。全部ここ2.3年の話。すごい。才能を感じる。

 

さて、本題いきます。

 

定義(諸説ありますが今回はこれでいきます)

 

オカマ 女装男装関係なく男性同性愛者

女装 同性愛異性愛関係なく女性っぽい格好をする男性

 

オカマは最近よくテレビに出ています。オカマである故に起きた事件の話や鋭い意見で人を笑わせるスタイルをよくとっていますね。

このとき重要なのはオカマはオカマであることを笑われたいわけではなく、トークを笑ってほしいと思っているということです。(私はオカマじゃないので全部適当に言ってますからねこれ。)

 

これに対し、忘年会などで笑われたくて女装している人がいます。

この場合、女装それ自体を笑われようとしています。

この点がオカマと女装の決定的な違いです。

 

世間の風潮としては「本気の女装は笑っちゃダメ、笑わせようとしている女装は笑っていい」が多数派のようです。

私もこのブログを書こうと思い立つ瞬間まではそう思っていました。

 

端的に言えば私はすべての女装を笑ってはいけないと思います。

 

世の中には本気で女の子のような見た目になりたくて女装する人がいます。

その気持ちは変えようがないもので、笑われたら傷つきます。

笑わせようとして女装することは、笑わせようとして障がい者のまねをすることと何が違うのでしょうか。

マイノリティーであるが故のトークをネタにすることは多々ありますが、

マイノリティーであることそれ自体をネタにしているのは女装だけです。

 

笑わせようとして障がい者の物まねをしたらみんなに責められますが、笑わせるための女装は中学生くらいから大人にいたるまで多くの場面で目にします。

一般的過ぎて笑わせるために女装することが悪いことかもしれないと考える機会がないのです。もう完全に女装は面白いという構図は完成しています。

 

同性愛だから起きた珍事件とかは笑ってもいいですが、

同性愛や障がい者やなにかの病気だと知られたとたん笑われたりしたらふつう傷つきますよね。

 

だから、女装を笑うことは、これから時間がかかっても変えなくてはいけない風潮だと思うのです。

正直面白かったとしても、ネガティヴなことを思っても、口に出さないべきものなのではないのでしょうか。

この説を忘れてうっかり私が笑ってたらぶん殴ってくれ。